[子供の頃] 京都市 生まれ。 両親は公務員で共働き。 兄弟は姉二人。 子供の頃から「理科」が好きで、特に実験は大好き。 生き物も好きで「熱帯魚」,「セキセイインコ」,「犬」等を飼っていた。 幼稚園のとき 道路を渡ろうとして、曲がってきたコーラの運搬トラックに はねられる。でも、右ヒジにヒビが入っただけですんだ。一歩間違えば 大けがをするところだったので、その程度ですんだのはとってもラッキー。 小学2年生の担任の先生が国語に力を入れておられ、「作文」や「日記」や「班ノート」など「文章を書く」機会をたくさん作っていただいた。おかげで、文章を書くことが好きになった。 小学3年生のとき、夜に犬の散歩をしていて、ふたが あいていた側溝に落ちて、頭を強打した。生まれて初めて救急車に乗って、病院に運ばれる。 医者に「あと1センチ打ち所がずれていたら死んでいたよ」といわれてゾーッとする。死なずにすんでラッキー。 中学は バスケット部。背が低いので、スターティングメンバーに入れず。 でも、ジャンプ力は有ったので、背の高い相手に競り勝って、リバウンドを取るのが気持ちよかった。 高校はクラブに入らずに 近所の 少林寺拳法の道場に通う。 最終的には 二段になった。 [知的財産権との出会い] 大学は工学部。選択科目で「工業所有権講義」という科目があって。工業所有権というのは、今で言う「産業財産権」のこと。 仙元教授の講義は すごく面白く、特許の世界に興味を持った。 [就職] 特に「**の仕事がしたい」と考えることもなく、大学からの推薦で地元の日本電池株式会社(当時)に就職。 入社教育の期間が1ヶ月程度あったが、その中で研究企画室長の話しを聞く機会があり、「弁理士という資格がある」ということを初めて知る。 そのとき学生時代の「工業所有権講義」のことを思い出し、「弁理士という仕事も面白そうだな」と思った。 入社研修の後、技術部に配属されて、上司が新しい設計した装置の試作や性能テストなどをする。 でも、「弁理士」のことが忘れられず、人事部長に「特許部門に人事異動させてほしい」と嘆願書を出す。その後何ヶ月も待ったが、年1回の人事異動日の1週間前になっても返事がなかった。そこで、直接、人事部に出向いて「人事部長と話ししたい」と申し出た。 今から思えば、「若さ故の暴走」だが、なんとか人事部長に取り次いでもらい、自分の気持ちを話し、めでたく特許部門に人事異動となる。 特許部門の仕事は面白く、毎日 楽しかった。 直属の上司が突然亡くなり、若輩ながら いろんな仕事を任された。 弁理士試験の勉強を始めたが、何から勉強して良いのかわからず、「図書館の特許関係の本を片っ端から読む」という受験勉強としては極めて効率の悪いことをしていた。 「法律」というものについて、よくわからなかったので大学にお願いして法学部2部(夜間部)の聴講をさせてもらったりもした。 その後、受験指導機関も利用し、数年かかって弁理士試験に合格した。 [転職・独立] 弁理士試験合格後も2年間会社に勤務していたが、「特許事務所の仕事」にも興味を持ったので、大阪の特許事務所に転職し、その6年後に退職して、自分の事務所を設立した。 独立した理由は、小企業と個人事業を応援したかった から。 詳しくは こちら。 現在、毎日 楽しく 充実して過ごしている。ありがたいことだ。感謝。 |
| 聴導犬を応援しています。 | |
![]() 聴導犬「みかん」 この写真は 「社会福祉法人 日本聴導犬協会」 様 より提供いただきました。 |
皆さんは 「聴導犬」をご存じですか? 目の不自由な人を助ける「盲導犬」は有名ですが、耳の不自由な人を助ける「聴導犬」については 知らない人も多いかと思います。 聴導犬のお仕事 この聴導犬を求める人に比べて、その数は圧倒的に数か少ないのが現状です。 聴導犬の 育成をしておられる団体が 厚生労働大臣指定法人 社会福祉法人日本聴導犬協会 です。1匹の聴導犬を育てるのに 手間や費用がかかります。 実は、私の姪は 生まれつき聴覚障害を持っています。でも、周囲の方から暖かく見守られて元気に大きくなり、おかげざまで 今は大学生になりました。 でも聴覚が不自由で、周囲に助けてくれる人がいない方(例えば一人暮らしの方)もおられます。そのような方にとって、「聴導犬」と共に生活することができれば、大きな助けとなります。 聴導犬について 興味をお持ちいただいた方は、上記の日本聴導犬協会さんのホームページも ご覧いただければ 嬉しいです。 |
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| 西川特許事務所(オフィスニシカワ) 所長 弁理士 西川 幸慶 住所 兵庫県西宮市東山台3丁目9−17 電話 0797-61-1841 FAX 0797-61-1821 Eメール pat@jpat.net |